生きるために必要なもの

Last updated on Monday 21st July 2003


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仲田 2003.04.18 Fri 11:46:07 Essence of life

枯草菌(Bacillus subtilis)の必須遺伝子を網羅的に探索した論文がでました。 枯草菌のゲノムから予想される遺伝子全4105のうち、技術的に解析の出来なかった4個を除き、全ての遺伝子の中から必須遺伝子を洗い出しています。 実際には挿入が入ったときに生きられない遺伝子を探しており、その他の研究とも合わせて、計271個の必須遺伝子があることがわかりました。 この数字はトランスポゾンを利用したマイコプラズマにおける推定必須遺伝子の数とも近く、生物が生きていくために必要な遺伝子の数に近い数字かも知れません。 ただ、枯草菌の必須遺伝子が全ての生物にとって必須とは限りませんし、この解析方法ではゲノム中にコピーが複数ある重要遺伝子は釣れてきません。 などなど、生物の機能が最低何個の遺伝子によって果たせるのかをしるためには、まだまだ困難が多いようです(実際に生物を作ってしまうのも一つの方法ですが・・・)。 なお、論文中では必須遺伝子を複数のカテゴリーに分類し、それぞれについて、何故必須遺伝子なのか、あるいは何故既知の重要な遺伝子が必須遺伝子とならなかったのかを考察していて、あたかも分子生物学の教科書の(かなり大雑把な)要約を読んでいる気になってきました。

Reference Kobayashi, K. et al. Essential Bacillus subtilis genes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 4678-4683 (2003)
柿原 2003.04.18 Fri 12:17:51 読んでませんが、なぜ枯草菌をサンプルとして選んだのでしょうか? バクテリアですよね枯草菌は。そうすると大腸菌でやらない理由があるの でしょうか。あるいはもう大腸菌ではそういうプロジェクトが走って いるとか…。だとすると二番煎じだし。PNASにのる新奇性は なんですか?
仲田 2003.04.18 Fri 19:27:06
とても興味深いご指摘をありがとうございます。 なぜ大腸菌でないのかは考えませんでした。
まず,類似の実験としては,マイコプラズマを用いたトランスポゾンの解析があり, Science に論文が載っている訳ですが,トランスポゾンを用いることの限界と,マイコプラズマが寄生性であることが問題となり得ます。寄生性の生物の遺伝子の最小セットは,自由生活性の物に比べて小さいはずですから。 次に,なぜ大腸菌を使わなかったのかについては,残念ながら分かりません。おそらく,事情があるはずですが,論文からは読み取れません。ただし,遺伝子を潰す方法については,別の論文が引用されていますから,方法論的な問題であれば,そちらの文献を読めば分かるかも知れません。 なお,大腸菌における類似の実験は引用されていなかったようなので,おそらく行われていないか,完成していないのだと思います。 逆に,枯草菌を使った積極的な理由としては,大腸菌同様,実験動物として広く用いられており,特に低 GC グラム陽性細菌のモデル生物であると言うこと,ゲノムが読み終わっていること(必須条件ですね)などがあります。 ちなみに大腸菌はグラム陰性細菌で,全く違うグループと思って下さい。 枯草菌を含めた低 GC グラム陽性細菌の仲間には,炭疽菌や納豆菌(枯草菌と別種だったか記憶にないです)など,医療上,産業上重要な生物が含まれていることにも言及がありました。
この論文の新奇性をいくつか挙げると,(詳しくは分かりませんが)方法論としてトランスポゾンより優れたものを使ったため,特定した遺伝子が本当に必須遺伝子である確実性が増したという点,ゲノムをほぼ完全に調べたという点,自由生活性のものを(私が知る限りでは)初めて調べたという点,などがあるかと思います。
柿原 2003.04.18 Fri 20:05:26
二重膜構造をもつグラム陰性菌ではなく、細胞壁を持つグラム陽性なバクテリアが用いられたのは確かに新奇でしょう。 低GCってなんですか?ゲノム中のGC含有量が低いってことですか?
仲田 2003.04.21 Mon 10:32:55
別のスレッドへの質問になってしまいますが、内容はこっちに関係があるので、こっちに書きます。
>大腸菌の必須遺伝子の研究は既に相当行われているような気がしているのですが
私も、あって不思議はないと思うんですが、引用されてなかったんですよね。 あるいは網羅的につぶした例がないのでは? と思うんですが・・・ 前例のあるマイコプラズマは、遙かに小さいゲノムと遺伝指数を持ってたので技術的に可能だったとして、大腸菌・枯草菌レベルでは網羅的な遺伝子破壊がやっと可能になったと。 もしあるなら Reference を載っけて下さい。是非比べてみたいので。
それと、Kobayashi et al. (2003) では、他の生物のゲノムと、どれほどの必須遺伝子を共有しているのかも比較しています。新奇性とは少し違いますが、重要な知見にはなるでしょう。 実際に論文の考察を読んでみると、「生物とは何者か?」を考えるために重要な示唆を多く含んでいることが解ると思います。
仲田 2003.04.21 Mon 11:12:41
んで、柿原さんの書き込みへの回答を続けます。
>二重膜構造をもつグラム陰性菌ではなく、細胞壁を持つグラム陽性なバクテリアが用いられたのは確かに新奇でしょう。
まず、この表現、きちんと補足させていただきます。 グラム陰性、陽性問わず、原則バクテリアは細胞壁を持っています(大腸菌も)。例外はマイコプラズマですが・・・ (あっ! しまった! こいつも低 GC グラム陽性菌に近縁ではないか! 気が付かなかった・・・ 無かったことにしよう) では、グラム陽性と陰性の違いはといいますと、グラム染色によって染まるか染まらないか、で区別されます。もともとは単なる染色性の違いとして識別されたわけですが、実はこれが細胞壁構造の違いを反映していることが解り、特にグラム陽性細菌の方は遺伝子系藤樹から単系統であることが確認されています。 さて、細胞壁の違いとは何かといいますと、グラム陽性菌は、細胞膜の外側に一層の細胞壁を持っているのに対して、グラム陰性菌は、二層の細胞壁を持っています。そして二層の細胞壁の間には特殊な膜が存在します。柿原さんが「二重膜構造」と書いたのは、細胞膜とこの外膜をさしてのことです(多分)。 さて、こうして区別されるグラム陰性菌とグラム陽性菌のうち、枯草菌はグラム陽性菌に属します。 ところが、グラム陽性菌には放線菌と呼ばれる巨大なグループと、その他のグループが存在します。放線菌は、抗生物質の合成菌や結核菌をはじめ、産業・医療上やはり重要な生物を多数含みますが、残りのグラム陽性菌に比べてかなり特殊化しています。 放線菌と残りのグラム陽性菌では、ゲノム中の GC (グアニンとシトシン)含量が大きく異なっており、前者を高 GC グラム陽性菌、後者を低 GC グラム陽性菌として区別します。 分類学的には前者を Actinobacteria 門、後者を Firmicutes 門とするのがよいと思います。
近年、バクテリアの進化系統、系統分類も大きく進歩しているので、これからはバクテリアの進化も含めたものの考え方が出来るようになっていくと思います。 バクテリアの系統分類に関しては以下の文献があります(読んだ、とは言いませんが。軽く目は通しましたよ。うん)。
Boone, D. R., Garrity, G. & Castenholz, R. W. eds Bergey's Manual of Systematic Bacteriology: The Archaea and the Deeply Branching and Phototrophic Bacteria 2nd. ed. (Springer Verlag, New York, Berlin, Heidelberg, 2000)
Cavalier-Smith, T. The neomuran origin of archaebacteria, the negibacterial root of the universal tree and bacterial megaclassification. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 52, 7-76 (2002)
柿原 2003.04.26 Sat 12:58:53
丁寧な解説ありがとうございます。 グラム染色に対する反応の違いは、前から調べて 理解しなければと思っていて、記述に出会うたびに がんばっているんですが、どうも飲み込めてません。
低GCっていうのは不思議な現象ですね。ゲノムサイズの違いに 起因するのでしょうか?
DNA修復系の副産物として、CpGのゲノム中の割合が 低下する傾向にあることはわかっており、CpGの割合が 比較的に高いところは遺伝的にそれが保存されるような バイアスがかかっているのですが(コーディングリージョンとして) 先ほどの低GC、高GCとの関連は何か知っていますか?
柿原 2003.04.26 Sat 13:03:36
どうも原核と真核の違いに自信がないので、 上述の話は流しといてください。
柿原 2003.04.30 Wed 08:48:47
グラム染色補足: 陰性菌は細胞膜+細胞壁の外側に外膜と呼ばれる膜構造を持ち、 化学物質に対して耐性があるが、補体の影響を受けやすい。
陽性菌は細胞膜+分厚い細胞壁を持つ。化学物質透過性は高いが、 補体に捕捉されにくいという性質を持つ。
仲田 2003.04.30 Wed 11:34:16
補体,って何でしょうか?
柿原 2003.04.30 Wed 22:03:55
補体について:
complementと英語では言います(まんまですね…)。 機能としては抗体反応と連動する形で、タンパク質分解を 局所的かつ連鎖的に起こし、ファゴサイトーシスや、 炎症細胞の誘導、タンパク質分解を起こします。
抗体を異物を捕捉するレーダーだとすれば、 異物に対する爆弾みたいなものを補体と言います。
参考:Molecular Biology of the Cell 4th ed.1456-7
仲田 2003.05.01 Thu 11:49:48
つまり,グラム陽性菌の方は,分厚いコンクリート壁を持ってるから爆弾には耐えられるが,化学兵器には弱いと思ってれば良いんでしょうか? 例えがむちゃくちゃすぎます?
柿原 2003.05.01 Thu 20:43:17
レーダーに捕捉されないのか、あるいは…。 いろいろ考えられる気がしますが、ちょっとわかりません。
仲田 2003.05.02 Fri 10:42:03
なるほど,面白いですね。 どんな範囲の生物が補体を作るのかにもよりますが,そんな生物とグラム陽性菌が共進化したなんて仮説が思い付きます。

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